【わたしはハロウィンがキライ】
あれは忘れもしない5年前の10月最後の日の夜でした。父が、急性心筋梗塞で救急車に運ばれたのは。
その日は、祖母のお通夜で、その2週間ほど前から危篤状態が続いていたので、東京在住の私もたびたび帰省し、いよいよか、と思われていた中だったので、ある意味、祖母の最期については心の準備ができていましたが、まさか父が生死の境をさまようことになるなんて、思いもしていませんでした。
祖母の側で最期までケアをしていた両親は、心身共にクタクタになりながら看取った感じだったし、特に父なんて、その時はまだ夜勤もあるような駅の仕事をしながらの介護で、その頃の心労は計り知れず。
そんなハロウィンの夜、それは起きました。
しめやかにお通夜が執り行われ、久しぶりに集まった親戚達とお寿司やビールを少し嗜んだかなと思っていたのに、皆が帰るとなんだか辛そうな顔になった。
…なんか、胸の辺が痛いんや…。
そんなに食べてないのにムカムカするらしい。言われてみれば顔色も良くない。というか、なんかどす黒い。聞けば、しれっとトイレで吐いていたらしい。
寝たら治るから、ちょっと横になるわぁ…と言ってるそばからやばそう。
救急車!と言うも、なかなか来ない。
…ようやく来ても、なかなか受け入れ先の病院が見つからない。
そう。今宵はハロウィン。街ではここぞとばかりにどんちゃん騒ぎをして、急性アルコール中毒で運ばれてくる人や、酔った勢いでケンカになったケガ人で病院は大忙しなのかしら。知らんけど。
結局、最終的に受け入れが決まったところは、地元のお医者さんが口を揃えてベストだと言う心臓外科の名医がいる病院でした。
ただ、救急車を外で待ちながら、おばけの格好や薄気味悪いコスプレでねり歩く若者の異様な雰囲気がすごい心に残ってて、このまま連れて行かれるんじゃないか、いや、連れて行かんといて!を繰り返しながら、当時お腹の大きかった私は、あまり詳細を知らされないまま、結局その日は斎場だったか、家に帰ったのか、どこで夜を明かしたのか、記憶にありません。
その後、緊急オペで一命を取り留めたと聞いた時の安堵感たら。ただ、病院に着いてからも意識のしっかりしていた父は、事の重大さをあまり認識していなかったようで、お医者さんの、
「これからすぐに手術しますからね!いいですか。」
の声かけに開口一番、
「いや…ワシ、喪主ですねん」
…。さすがネタに事欠かない父(笑)。そして、
「死んだ人のことより、生きている人の方が大事でしょ!」
と、ピシャリと叱りつけてくれたお医者さんの冷静さよ。
家族としては、真面目が服着て歩いているような父なので、めっちゃ想像できる迷言なのですが、それもこれも、未だにネタにして笑えるってこと自体、なによりもしあわせなことなのだと、実感する記念日、ハロウィン。
あれ、ハロウィン、キライっていう話やのに!?