Adventures in Ville

生まれも育ちも奈良県民なワタシが、東京という大都会のど真ん中でいろいろ出くわす冒険記です。

ちょっと強くなったカサンドラ

少し前のこと。

 

1ヶ月ほど絶賛無視キャンペーンが開催され、私は、そこにいるのに、まるで存在しないかのような日々が続きました。

 

多分オット氏は、無視しているつもりはないかもしれない。

 

必要最低限の質問には答えていたし、夜は寝静まってからしか帰ってこないのでコミュニケーションはほぼ皆無だけど、朝に出されたご飯は、よっぽどのことがない限り、食べていたし。

 

なんなら、ランチや夕飯用にと、夜中帰宅途中にスーパーに寄り、おつとめ品になったお弁当をいくつも買ってきてくれてた。

 

でもね、私に必要なのは、そういうのではなくて。

 

「明日も遅いの?」

 

「…」(さーっと横を通り過ぎていく)

 

「このお弁当、いただいてもいいってことかな」

 

「お好きにどうぞ」

 

「ありがとう。じゃあありがたくいただくね」

 

「…」(テレビやスマホに夢中か、いそいそ出かける支度をしてるか)

 

「いってらっしゃい」

 

「…」(目も合わさず立ち去る)

 

っていうやりとりが、心を蝕んでいくことを、知らない。

 

きっと知る由もない。

 

普通の人なら、

 

「ちょっと!何で怒ってるの?教えてくれなきゃわかんないでしょ!」

 

と、なるのかもしれない。

 

かつては私もよく聞いてた。

 

でも、問いただしたところで、

 

○○されたのが嫌だったと伝えられる

           ↓

それが明らかに私のミスなら謝ってもうしないようにするけど、考え方の違いや、それって個人的なこだわりやん…となる

           ↓

それを伝える

           ↓

「でしょ?言ってなんとかなるの?言っても変わらないでしょ。だから何も言わない。」

           ↓

そう言われたら、結果自分が諦められているんだと感じてしんどいので、「なんで怒ってるの?」は聞けなくなる。

 

だから無視してもいいという話にはならないけれど。

 

考えようによっては、私が「無視されてる」と感じる期間、本人は静寂の中、許せないこだわりにどう向き合っていくべきか、考えているのかもしれない。

 

そして、自分なりに解決できた頃に、またコミュニケーションが普通に取れるようになるのかもしれない。

 

なんなら、そこからは、ご機嫌良すぎて、鼻歌まで歌えちゃうほどに回復する。

 

なんだか、ししおどしと住んでいると思うようになった。

 

感情のあれやこれやがどんどん溜まっていき、鼻歌まじりにご機嫌MAXになったかと思った頃に、ふと水が溢れてカーンッ!!と音を立ててどん底に落ちる、みたいな。

 

そして、これまでは、そのししおどしの先端にくくりつけられて、上から下へ、一緒にギュンギュン振り回されていたけど、ある時を境に、そこから離れて、縁側に座り、そのししおどしを眺めるようにしようと思った。

 

お互いが望み、祈り、出した結論によっては、その縁側から立ち去ることも視野に入れられるようになった途端、急に強くなった気がします。

 

「自分がどうしたいのか」という思考回路がストップするのは、カサンドラあるあるかと思うけど、もう一度、その部分を吟味して、したい方向に変えられないのか、そのために必要なことは何か、考え納得した上で、現状を受け入れるのか、変えていくのか、決められるようになるのは、回復の大きな一歩のような気がします。

 

さて、次のカーンッ!!は、いつなんどき、やってくるのやら。